全国の清掃会社の経営者の方が集まる「日本を磨く会」様が
毎月発行している会報誌の記事を執筆させていただきました。
▼日本を磨く会様のウェブサイトです。
https://migaku-kai.jp/
採用を行なう際に小さな会社が知っておきたいポイントを
全12回のシリーズでまとめています。
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『おさえておきたい!小さな会社の採用成功のヒケツ!』
シリーズ(1)「計画立案編」
第3回: 「欲しい人をはっきりイメージする。募集広告作成のカギ」
前回の第2回では、社員は単にお金が欲しいから働くのではなく、職場で得られる「承認」や「達成感」などを得ることが最大の報酬なのだと説明しました。今回は、社員の採用をするための求人広告を出す上で、「雇いたい人物像」を具体的にイメージすることが重要だということについて考えてみます。
「人手が足りない」「良い社員を採用できない」と嘆いている経営者にどんな社員が足りないのか尋ねると、漠然とした答えが返ってくることがあります。「やる気があり、同業他社で経験のある20代の男性」といった、モチベーションの高さや経験の有無が明確なだけでは十分ではありません。
性別や年齢、住んでいる地域などの本人に関する明確な情報を「属性」と呼びます。属性は一般の求人広告では、法律の規制があるので、条件として絞り込むことができません。
「そんな属性を考えても、広告に打ち出せるわけでもないし、絞り込む以前に、こちらはまず頭数が足りない。猫の手も借りたいぐらいなのだから、来てくれるなら誰でもいい」。こんな風に考えている経営者も多いことでしょう。しかし、これではダメです。むしろ、もっと絞り込まなくてはならないのです。
広告を考える上で大事なことは、それを見た人が明確なイメージを持てることです。そのためには、どんな人がその広告を見てどんなことを考えるのかをきちんと広告を作る側が考えておく必要があります。
マーケティングの分野ではモデリングという考え方があります。それは広告を出す際も含めて、色々なマーケティングのプランを考える上で、対象となる人物像を非常に細かく考えてモデルを決めておくことから、「モデリング」と呼ばれています。たとえば、モデルの年齢も単に「20代前半」といった枠で決めるのではなく、「23歳」のようにきちんと決めます。そして、収入とか学歴とか、性格などまできちんと決め込むのです。それはまるで、テレビドラマやアニメの登場人物の設定を考えるような作業だと思ってもらえればよいでしょう。同じ広告を出す行為である以上、お客さんを集める広告と同様に、人材を募集する求人広告にも全く同じ原理が使えます。
私の師匠であるMSIグループ・市川正人の取引先であった、ある零細人材派遣会社の改善事例を紹介します。派遣登録人材に各種の職場のマナーをきちんと教育するその会社は、東京駅近くのビル街の中にありました。大手派遣会社ではできないきめ細かいサービスは大手企業からも高く評価されていて、派遣先企業は多いのに、悩みのタネは人材の登録数が圧倒的に不足していることでした。
大手人材派遣会社の広告が並ぶ中に、求人誌でも求人サイトでもこの会社の募集広告は埋没してしまうことに困り果て、とうとう人材派遣会社としては異例の近隣路上での手配りチラシでの募集に打って出ることにしたのです。登録者のメリットが強調されたチラシの内容はまずまずの出来でした。
実施二週間、登録どころか、チラシを受け取る人自体がほとんどいません。相談を受けた市川は、欲しい人材の架空のモデル像を具体的に想像してもらうことにしました。「モデリング」の作業です。人材派遣会社のことですから、その人物「裕子さん」の履歴書と職務経歴書まできちんと作り上げたのです。よくいる登録者とその会社が自信をもって派遣先企業に送れるような良い登録者を混ぜ合わせる形でモデルをじっくり練ってもらうことに時間をかけました。
モデルが十分に練れた後に、市川はそのモデル人材がよく読むと想定される雑誌を買い集めてきてもらい、広告を切り抜いて、その中の言葉をハサミで切り貼りして、求人広告のキャッチコピーなどを作り直してもらったのです。昔サスペンスドラマに出てきた脅迫状のような完成文章を打ち直して作った手配りチラシは、目覚ましい「受取数」につながり、そこから一定割合で登録のために事務所に訪れる女性が現れ始めました。
これはなぜでしょう。まず一つ知っておくべきことは、このような雑誌の編集部というのは、他の業界以上に自分たちが普段会うことがほとんどない読者のモデルを厳密に意識して、文章表現や記事の企画を練り上げているということです。ですから、この人材派遣会社のモデルが雑誌の読者のモデルと合致していて、明確になったということなのでした。
清掃会社の経営者の方には、「日経新聞を読んでいたとして、朝刊の一面広告がどこの会社かなんてほとんど覚えていませんが、清掃会社の名前が小さな字でどこかに書いてあったら、すぐそこの場所に視線が自動的に行くことでしょう」と説明することがあります。人には「ビビッとくる言葉」があるのです。この「ビビッとくる言葉」は、もちろん何か興味・関心のあることに関連する言葉ですが、年代や性別などの属性、さらに趣味やライフスタイルなどの組み合わせによって異なっています。この魔法の「ビビッとくる言葉」は求人広告に目を留めさせるだけではなく、応募受付や面接の際に口頭で言っても、その特定のタイプの相手に強い関心を抱かせるのです。
求人広告を頼む際、予算の兼ね合いでサイズや写真の指定をするくらいで、内容のほとんどは広告代理店に任せっぱなしで、依頼をしているという場合はないでしょうか。広告代理店の人たちは、お客さんの会社のことをよく知らないままに広告を作っていることもありますし、広告の「プロ」ではありません。ましてや、お客さんである企業の“雇いたい人物像”をイメージし、その人にとって「ビビッとくる言葉」を考えて広告を作っていることもほとんどない、と考えてよいでしょう。そのように、「ビビッとくる言葉」を意識せずに広告を作ってしまうと、無駄な広告費をどんどん払っているのと同じになってしまいます。そのため、広告代理店に任せっぱなしにせず、自分たちで“雇いたい人物像”=モデル像を作っていかないといけません。
自分でモデル像を考えていく際は、まず自社の社員の中から、長く勤めていて仕事をよくやってくれている人物を選んでみましょう。その人物の普段の話し言葉や書き言葉にまずは注目してみましょう。そして、その人物がよく読んでいる雑誌やよく見ているウェブサイトなどの文章の分かりやすさや表現をよく見てみましょう。ただ読んでみるだけでは、分かったような気になってしまいます。手で書き写してみてください。手で書いてみると、「こんな風に自分では言わないよなぁ」という表現に気付くことができます。
まずは自社にいる社員を元に、 “雇いたい人物像”を具体的に考えてみるところから、募集プロセスは始まるのです。雇いたい人物像が具体的にイメージできたところで、その人物にとって魅力的な「ビビッとくる言葉」が明確になり、魅力的な求人広告を作ることができるのです。
「ビビッとくる言葉」以外にも、“雇いたい人物像”を具体的にしていくことで、その人物像=モデル像がどんな写真を良いと感じるか、どんな広告のレイアウトに魅力を感じるのかなども知ることができます。広告は言葉だけとは限りませんから、広告の全体のイメージをつかむためにも、モデル像を明確にすることが最初の重要なプロセスなのです。